日々の記
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2020.4.21火

上の空で

いま夜10時半です。今日は火曜日、那覇は雨でした。

このところいろいろなことを考えたり感じたり思ったりしているのですが、いまは一つのことに集中していて、ほかのことはあまり手につきません。上の空です。そして、そんな上の空が、いまはいいんじゃないかな、という気もしています。

深い深い心の底で、小さな明かりだけ灯して、机に向かって、何かの言葉が出てくるのを待って、出てきたらそれを書き綴って、ということだけを。それだけで、それこそが、いまの自分の仕事だと、かってに思ってやっています。

2020.4.14火

奈良県の高校入試に

先日担当の編集者さんから、奈良県の公立高校入試(国語)で拙著『希望はいつも当たり前の言葉で語られる』から出題があった、と連絡を受けました。

中学三年生が、受験問題を集中して解くという特殊な時間であるにせよ、ぼくの文章を読んでくれたのだと思うとうれしくなります。

自分自身の経験に過ぎませんが、試験問題がきっかけになり、文学の扉を開くことはあると思うんです。ぼくは、工藤直子さんの『てつがくのライオン』という、大人になっても愛読する本に出会えました。

この本に書いたことは、ほとんどが個人的なことです。いまのような、自然の脅威に人間の社会が揺らいでいるとき、人間性と理性と知性とが、いかに科学的な知見の下に有効な対策を打てるかが問われているとき、拙著はほとんど何の答えも用意していません。

ただ、差し出せるものがあるとしたら「なんとか今日をやり過ごそう。どうにか明日に辿り着こう。そのために、よすがとしたのが、ここにある言葉です」という、一個の体験、思考、視点に過ぎないものの、試し打ちをさんざん済ませた、個の言葉だと思います。

このパンデミックが終わりを迎えたとき、おそらく言葉を書く仕事のスタンダードは大きく変わっていることと思います。そして変わらないことも多くあるかと思います。変わらないことの多くは、おそらく地道で地味で根気が必要で日の当たらない作業ではないかという気もします。日々の営みに必要な足腰は、きっといつの時代にも変わらないのではないでしょうか。

希望を灯すには、打ち倒さなくてはならない現実がある、と現状が伝えています。吹きっさらしの風の中、牙を研ぐべき時であろうとこころしています。

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