日々の記
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12月

2019.12.24火

今年をふりかえって

気づけば今年も、あと一週間ほど。分かってはいたものの、十一月も十二月もあっという間だったなあ。今年あったこと、個人的な思い出をふりかえってみます。

〈わが家のこと〉
歌が小学校を卒業して、中学生になったのが、大きな節目だったなあ。夏休みには、一人でじいちゃんばあちゃんのところに飛行機で出かけて、秋には名古屋まで大好きなアイドルのコンサートを見に行って、だんだんと手が離れていってる。この卒業式の日のことを、詩にしていて、いずれ発表できたらと思う。

〈仕事のこと〉 *順不同で、思いついた順に、ちょうど10のこと、1つ追加して、11のこと。

1 新刊
初夏にエッセイ集『希望はいつも当たり前の言葉で語られる』(草思社)を出せたこと、うれしかったなあ。この本は、ずっと心に留まっている言葉、いろんな人からもらった言葉について書いたもの。物書きを生業とする中で、また、詩を書くさなかに、お守りのように時に思い出しては支えられている言葉と、それをくれた人にあらためて感謝しつつ書いた。ぼくが駆け出しだった90年代〜2000年代初めと、いまの時代とではずいぶん状況が違うけれど、それでも何かひとつでもふたつでも足しになればと。こどものともの付録冊子の連載で挿画を描いていただいているカシワイさんに、本の装画と挿画をお願いできたことも、ありがたく、うれしかった。

2 月評
思えばこの一年、「現代詩手帖」の詩誌月評を担当して、毎月全国の詩誌を読んできた。こんなにさまざまなたくさんの詩を無作為に読む機会を得たのは初めてで、おそらく最後だろう。書くべきと信じるところに従って、微力ながら渾身で書いた。バックナンバーがもし図書館にあったら、ぱらっと見てやってくださりませ。

3 連載
「こどものとも」の付録冊子にて「季節のうたごよみ」の連載が三年目を迎えられたのも、僥倖としか言いようがなく。幼い頃、ぼくの心の栄養だった福音館の絵本に差し挟む冊子に、自分自身が子育てや少年時代の思い出などに関するエッセイを書く日が来るなんて……。きっとあとから振り返ってみても、じーん、と心にしみるだろうなあ。奇跡。感涙。。

4 掌篇
二十四節気七十二候をテーマに24人の作家が掌篇を書いた小説集『掌篇歳時記 春夏』『〃 秋冬』の監修と季節の解説で本づくりに関われたのも、今年の印象に残る仕事だった。小説という文芸の本のための文章ということで、ぼくの中にある個人的な季節観や旧暦観にやや踏み込んで、思うところを書くことができた。

5 復刊
休刊になっていた「天然生活」が復刊して、これまで監修だけ携わっていた付録のカレンダーを監修と執筆で関われたことも、うれしかった。たくさんの読者の方が楽しみにされているものだったと知って、その仕事に関われることがありがたく。

6 WS
原宿のシーモアグラスさんでの「詩のじかん」、東京で不定期開催しているワークショップ「言葉を探す旅」、同じく那覇では二か月に一度の開催でもう一年半も続いており、今年はイレギュラーでいわきのomotoさんの催し「衣食住楽」でもワークショップを開いた。そんなふうに人に出会い、詩が生まれるさまを目の当たりにできることはよろこび。みんなすごい。

7 新報
まさかの、「琉球新報」での「琉球詩壇」という毎月二回の詩のコーナーの編者と、同じく詩の「時評」の担当というお役を仰せつかって、今年四月から毎月素晴らしい書き手による詩を掲載させていただいている。沖縄は詩の生まれるエネルギーのるつぼに感じられて、まだまだ素晴らしい書き手がたくさんいらっしゃる。来年も担当は続くので、そうした方々に一人でも多く登場していただけたら喜びです。

8 県芸
毎年一月に沖縄県立芸術大学の芸術学専攻の一年生に、詩の実技研究の道案内をするのも早4年目。最初に担当した学生が四年生になっていて、みんなの卒論発表を県立博物館美術館の卒展と県芸での発表とでうれしく拝見拝聴した。もう感動・・・。来年2020年1月にも、また道案内に行ってきます。

9 夏至
evam eva yamanashさんで夏至の頃に話をした。string umさんの素敵な演奏とともに、あの夕暮れの空、きれいだったなあ。

10 二篇
今年発表した現代詩は二篇。詩誌「カルテット」6号に「対話」を、詩誌「馬車」61号に「少女の隣り」を。詩を発表する機会をいただいた二誌の方々にお礼申し上げます。

11 絵本追記です!
ハッ! 大変なニュースを失念していました。絵本『えほん七十二候』の中国語版が2019年春に刊行されたのでした。拙著初の海外版です。もともと中国で生まれた七十二候の、うれしい里帰りとなりました。

〈個人的に〉 *5つ

i 絵本
秋に福岡で思いがけず、タラ・ブックスの展覧会を見ることができてうれしかった。心に残っている。『Creation』という絵本をいただいて帰った。この絵本を見るたびに、丁寧に、心を込めて、時間をかけて、本づくりをすることの大切さに思いが及ぶ。宝もの。

ii ペン
今年は二本の万年筆をお迎えした。一本めは、モンブランのマイスターシュテュック 146('90s)。BBという極太で、ハマると気持ちよくどこまでもとうとうと文字を綴り出せる。ミラクル。ただ、なかなかしっくりと来るインクが見つからず、あれこれ試した末に、いまはウォーターマンのミステリアスブルーを入れている。しっくり。
もう一本は、同じくモンブランの60年代の万年筆。No.24というもの。実はこのペンが、見た目的にも、書き心地としても、もっとも心にしっくり来る。ずっと恋い焦がれてきたものだった。太字のニブをぼくの書き癖に合わせて調整していただいて、ふわふわっとやわらかな書き味を楽しんでいる。もう奇跡。グレーの軸の色味もやさしくて。

iii 機器
珍しく今年は、通信機器を買い換える年だった。携帯はやっぱりスマホが苦手で、ストレート型のガラケーを新しくした。シンプルな形が気に入っている。バッテリも一週間ぐらい保つので、旅にも重宝している。
そして初めてiPadを導入してみた。iPad miniの64GB。色はスペースグレイ。試しに使ってみて、もしよかったら、仕事に使おうと思っていたら、これがもう……。とくに旅行中に、メールの返事やPDFの確認ぐらいならこれで済むので、荷物が軽くなって助かっている。旅先での打ち合わせでは(まぁ、ほとんど県外で打ち合わせなので、いつもということだけれども)これを使ってラフやゲラや資料を表示できるので、なんて素晴らしいんだろう……。旅に欠かせないものになりました。

iv 火事
首里城が焼けたのはショックだった。相当に、どーんと落ち込んだ。でも、友だちや心配してくださった方々から温かな連絡をいただいた。そのひとつひとつが、やさしく、心を慰撫してくれた。ああ、こういうのって、ほんとにしみるんだ。ありがたくも、やさしくて、うわ、みたいな気持ちになった。感謝m(_ _)m

v 家宝
なんか、信じられないことに、とある御仁から先日いただきものをしてしまい、その、それがななななななんと、ユーリ・ノルシュテインのおおかみの絵葉書で、ロシアからやってきた、ほんとにかわいらしい、当地の空気をそのまま運んできてくれたような絵葉書で。ひゃゎ〜と頭のてっぺんから噴水が出てしまいそうなくらいうれしかった。もう、家宝です。あなうれしや。あなありがたや〜。感謝を

   *

今年後半はひたすら山を登り続けてきた感覚があって、それはもう、来年の初めに一月と二月に本を出版する、そのことがまずは大きな二つの山としてありました。この二つの山を乗り越えるのがとてもたいへんで、かなり多くの余波を受けたけれど、とにかく、しめきりの山を越えられてよかった。。

一心にものを作る時間にいられることは、幸せで、ありがたく、いい本を届けたいと、その一心でまた、言葉と向き合う。年初の二冊のあと、いつになるかはまだ未定だけれど、ずっと作りたいと願ってきたものを、形にできるかもしれない。そう思うだけで胸がドキドキする。一心に、一心に、手に気持ちを込める。いつか、いつか、と夢見てきたものは、羽ばたくとき、翼が踊るよう。

思えば、今月で2010年代が終わるんだな。この十年はとてつもなくいろんなことがあった。人生の転換期だった。すべてが、まるですべてが、変わったかのような感覚を覚える。でも、どんなに変わっても、自分というものはあって、そうした自分と付き合ってやっていくんだとも思う。運命がここまでぼくを運んできたけれど、飛ぶのはやっぱり、ぼくなんだ。

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11月

2019.11.11月

ただいま

長い長い旅路を歩いてきて、ようやく、やっと、ホームに帰ってこられた、て感じ。

ただいま。

夏頃から昨日まで怒涛のようなあれこれあれこれの末に、なんとか年内の大きな山をいくつか乗り越えられました〜。は〜。は〜〜。

首里城が焼けたのは、ほんとに衝撃で。近況といえば近況なのだけど、ぶじです。首里城公園も散歩コースは歩けるようになりました、とだけ。

で、なんていうんだろ。今年後半の、ここまでの道のり、てイメージ的には、ファンタジーとかで、すんごい切り立った雪山みたいなのを、崖っぷち歩いたりして、ガラガラッ、うわー、危ないっ、みたいな感じで、峠を越え、魔物の巣窟をそうっと横切り……みたいな感じで、やっと、やっと(しつこい…汗)、春の野の道にたどりついた感が、感が、

歌こころカレンダー、来年版もできたので、よかったら見てね。→ここ

今年は四十代最後の年で、これからの時間にどんな仕事をしていきたいか、ということを考えさせられもしながら、毎月全国の詩誌を読み、それについて感じたことを月評として綴る、という仕事をしてきて、ひとつ、詩を書き、読む、というひそやかな営為の、主には読む楽しみのための、お手伝いができたらと、何かお役に立っていたらと、そう願えるような足跡を今年残すことになったのは、ありがたくも、大事なことだったな、自分にとってそうだったな、と感じています。

こどものともの付録冊子で「季節のうたごよみ」という連載エッセイが、今年で3年目を数えることになれたのも、うれしくて、娘の幼かった頃の育児の思い出や、自分自身のこども時代をふりかえる契機になり、それを言葉に綴る、という確かめ算に確かめ算を重ねるようなことができたのも、心にとっての滋養になったように感じています。
挿画担当のカシワイさんや、担当編集さん、デザインの辻祥江さんと、みんなでひとうひとつ重ねてきた感が大きくて、これもきっと、あとからアルバムのような、大事な記憶と感情と人とのつながりのたからもの箱のような仕事になれるんじゃないかな、きっとそうだな、と思えています。

今年をふりかえるには、まだ早いかもだけど、ちょっと先回りしてふりかえってしまいました。昨日までかかって、ようやく手帖の月評の最終回を書き上げて、いまはぷしゅうぅぅぅぅぅと全身から力が抜けてるのだけど、ちと感慨深い気持ちになっておりま、

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7月

2019.7.2火

先日のイベントで

先日の出版記念イベントで、希望は定義によってもさまざまだけれど、なぜいま希望と題した本を? という質問をいただいた。大事な質問だった。

いろんな人からもらってきた、今日をどうにか乗り切って、明日に辿り着くための支えや励みとなるような知恵ややさしさのこもった言葉というのが、ぼくにとって希望と呼べるものだった。

人の心というのは、外からの、つまりこの世の、さまざまな事物事象を受け取ることで、形成されていくと思っている。そのとき、希望につながる言葉を受け取るたびに、その言葉が心の中で、地をなしたり、種となって芽吹き、生え伸び、やがては木に、森になっていくんじゃないだろうか、そうした言葉が心に根づくたび、心に生きていく足がかりができていくんじゃないかと思う、と答えた。

人には、生きていく足がかりがいると思う。なんらかの形で、誰かの心に足がかりが豊かに生まれ、広がり、深まっていくことにつながる、何かの足しにでもなれれば、とこの本を書いた。

あとがきに代えて、「言葉の石ころ」という行分けの言葉を付している。その一節を。

こうして本にするのは
信じているからかもしれない
ぼくが ではなく 言葉が
誰かの希望になることを

道ばたの石ころのような
なんの変哲もない一言が
雨あがりに日を浴びて
浮かびあがる虹のように

傷つける言葉

そしてもうひとつ、大事な質問を受けた。むしろ、言葉に傷つけられてきた経験が深く心に残っている、と。

ぼくにどれだけ答える資格があるだろうか、という質問だった。本当に、そのとおりで、言葉は、人の心を傷つけることがある。ぼくなんか、しょっちゅうだ。

本のはじめに置いた詩は、ぼくが30歳を過ぎてから、このホームページをはじめたことをきっかけにして、日常的に詩を書きはじめたばかりの頃書いたものだけれど、

当たり前の言葉に、喜び、
当たり前の言葉に、傷つく、
当たり前の言葉に、無防備で、
当たり前の言葉に、耳を澄まし続け、
当たり前のおまえの言葉に、狂った様に生かされる。

当たり前の言葉に、心は傷つく。だから仕方がない、ではなくて、やっぱり傷ついた心は、ある。癒えることもある。癒えない傷もありうる。そのことについて、この本はほとんど語っていない。書き手の側の問題として「責任はとれない」を書いた。癒えるとはどういうことかを考えたとき、去年上梓した『一日の言葉、一生の言葉』の中の、たとえば「日にち薬」の項目で、貞久秀紀「希望」を引用しながら、少しだけ述べている。でも、それは、目の前にいる、傷ついた、という人に、何を、ということとは違うように思う。

そのとき、その場に来てくれた人は、その人の心を携えて、そこにいる。ぼくは、ただそのことを受け止めることだと思う。何かを言うのではなく、その人の言葉を聞きたいと思う。それ以外に、ぼくなどに何ができるだろう。

せめて、睡眠をじゅうぶんにとること、栄養のあるおいしいものを食べること、時々は湯船につかること、冷えはよくないからからだを冷やさないようにすること、と、そうしたフィジカルなことだけは、その人に言い添えた。心を守るのは、体だから。体を大事にすることは、心を大事にすることにもつながるから。

この夜受けた二つの質問は、二つとも、大事なことだった。この本にとっても、ぼくにとっても、大事な言葉だった。感謝を。

2019.7.1月

はっ

気づいたら、今年がもう半分過ぎていた。なんてことだろう。この日々の記を、更新する、のも、半年ぶり!

新しい本

新刊『希望はいつも当たり前の言葉で語られる』が出版されました。

アーリー無名小説読者のみなさまにおかれましては、どこかで見覚えが……的な詩が、本を開いてすぐのページにあるかと思いまするので、どうか、どうぞ、書店で見かけたら、ぱらりと開いてやってくださりませ。

担当さんが熱く!紹介記事を書いてくれてます。よかったら、こちら↓も読んでね。

草思社さんのホムペ

うたいたいうた

と、いうわけで、アーリー無名小説時代からの詩を、ごっそりあぷしておきました。みなさま、よしなに、なつかしくも生温かく、おひまなときに読んでやってくだされ。

うたいたいうた

詩のこと

三月末ごろに、試しにしてみたら、けっこうよかったのが、アイフォン5(WiFiで自宅で使っとりま)のメモ機能で、フリック入力で詩を書くと、楽しい、みたいなことが、あって、詩をそうやって書くのが新鮮です。
これは一月のシーモアグラスさんでしたワークショップ「詩のじかん」でも話したけれど、日本語って、ほぼすべて子音+母音でできていて、そういう日本語の感覚を一音一音確かめながら書く上で、フリック入力っていいな、と思える。
少し前に書いた、こんな詩を、ここに。

青い鳥


ベランダの柵に
イソヒヨドリがとまりに
窓辺できみが
洗濯物を干しているそばで
窓ガラス一枚へだてて

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