日々の記
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12月

2015.12.28月

感謝

今年さいごの更新かな。じつは夏ごろだったかな、Y田に怒られて、ホームページも更新しろ〜(笑)と言われたので、それからわりあいせっせと、更新にいそしんだつもりでおりまうす(当社比)。友達はありがたや〜。そもそもY田きっかけで、この無名小説ははじまったんだった、そうだそうだ。

このようなところまでホムペに遊びにきていただいて、今年もみなさまどうもありがとうございました。

来年は、これを、という目標を大きく掲げているところです。心して取り掛かるので、ここでお知らせできるように、めざします。

みなさまにとって
新しい年が素晴らしい年でありますように!

2015.12.26土

今年をふり返る

どんな一年だったろう、とふり返る。あっという間のような、色々あったなと思えるような、ほぼいつも同じように年末になると抱く感慨。

年明けに神楽坂で展覧会ができ、二月には『七十二候の見つけかた』というエッセイ集を出せた。夏には五番めの詩集『生きようと生きるほうへ』を上梓することができ、年末に初めての文庫『旬を楽しむ 日めくり七十二候』を書き下ろしという形で刊行できた。本の国を旅して行くような、そんな一年だった。

家で酒を飲むことが減り、代わりに夏場も含めて、よく白湯を飲んだ。水(お湯)の味がいいと、本当にしみる。

仕事部屋の窓から、そして近くを散歩していて見かける野鳥には、心なごまされた。先日、この辺で見かけた渡り鳥?らしきヒヨドリくらいの大きさの鳥、うれしかったな。

(首里から那覇にかけての空)

今年は万年筆を色々と試した。新しく手にしたものの中では50年代のモンブランの万年筆が、けっきょく手許に残った。ほかにも数本、中古を含めて手に入れたものの、それらはぼくの使い方と合わず、ほかに大事に使ってくださる方や友人たちのもとへ。そこで気づくのは、良い万年筆は、ぴったりの持ち主を探してやがて出会っていく、という流れのようなものだった。
そのどれも素晴らしいペンだった。70年代の素敵な国産万年筆のデッドストックと、ひょんなところで遭遇したりもした。これも友達に贈った。良いペンだけれど、自分の使うものではない、と言うほかない、不思議な出会いと別れだった。

ここ数年もっとも愛用しているペリカンの万年筆に、モンブランの旧ブルーブラックを入れることにした。インクを変えて数週間になる。このインクの色が本当に好きなので、変えてよかったと素直に感じる。
自分の気持ちにしっくりくるインクを選ぶ、というのは、心が広がる思いがする。今朝は146のインクを、ブラックインクに切り替えた(カレンダーの題字を書くために使ったキングスブルーは、ボトルにあと残り半分ほど。これはとっておくことにした)。これで心置きなく、がしがし書こうと思う。

いま主に使っている万年筆を四本並べてみたら、全部黒軸か、黒軸ベースのだった。一本だけ、銀キャップにマーブル模様の万年筆がある。キャップが金属製だと、ペンの重みにまかせるだけで筆圧をかけずに書けるからバランスが良いんだった。でも日々使うのに五本の万年筆は多いから、いまはインクを抜いて保管中。

とにかく詩集の推敲に、万年筆と原稿用紙を多用した。

(愛用しているペリカン(左)と、今年から使いはじめたモンブラン)

今年はさらにめっきり人に会う機会が減り、代わりに白湯、野鳥、万年筆が、三大お友達だった気がする。これは来年も続行の可能性が大。

秋に福岡と山口を、家族で旅行できたことが、うれしかったな。こういう家族旅行は初めてだったかもしれない。わっか屋さんにとってもお世話になった。ありがたくも温かい歓待をいただいた。

沖縄に住んで五年が経とうとしている。来年で六年目。沖縄に来てよかった、と深々と感じている。地方にいて、それが南の島で、日米の思惑のはざまにある基地とのせめぎ合いのなかで、こうして暮らせていることが、どれだけぼくの心にさまざまな気づきを与えてくれていることか。

五月には、鶴見幸代さんの作曲で、ぼくが書いた童話「だれも知らない牛の話」が合唱曲になったんだった。コンビーニ・ディ・コリスタ合唱団の皆さんが歌ってくださった。自分の言葉をこんなふうに合唱として聞く機会は初めてだったかもしれない。

思えば、幸せな出来事に恵まれた年だったな。禍福は糾える縄の如し、とはよく言ったもんだ、とつくづく。

(旧暦三月三日、浜下りの海辺)

2015.12.22火

冬至

今日は冬至でしたね。夕日がきれいだよ、とベランダから声をかけられて、行ってみたらちょうど、水平線に日が沈むところでした。最後はすうっと消えていくまでが早かったです。久しぶりに日の入りを見ました。

〆切

今年最後の〆切仕事を、今日書いていた。今月内に、との約束だったので。先日、ノートに出だしをメモ書きしていたので、それをパソコンに打ち直し、その流れで最後まで。何を書くかについては、この一年ほどの間、さんざん考えてきたことだったので、書き始めたら、集中して書けた。

とてもとてもほっとし、あと数日推敲してから、送る。

2015.12.21月

ゆうびん

賀状&DM書きを日月としていました。完了。ここぞとばかりに万年筆の出番なので、楽しいです。でも、何々県とか何々市とか何々町とかが頭の中で錯綜して、こんがらがってしまいました。ふぅ。ひとまず、発送完了。ほっとしました。

やちむん

木曜から土曜まで、東京からユーゴさんが泊まりがけで遊びに来ていました。金曜は読谷のやちむんの里へ、陶器市に行ったり、土曜は姪っこの保育園の発表会へ皆で観に行ったり、わいわいがやがや。

沖縄はつくづく不思議なところだと思います。その不思議さに、人はいかに惹かれ、いかに生気に満ちていくのかを、目の当たりにする時間でした。

県芸

来月に三週間だけ、沖縄県立芸大に詩の実技演習をしに行くので、その演習を受講する学生さんたちに金曜日の夜ちょこっと会ってきました。その学科でクリスマス会をする、ということで。どんなワークショップになるのかな、と思いをめぐらせつつ、楽しいひとときを過ごしました。

2015.12.17木

早半月

何か大きな仕事の山があるわけではないのですが、何かかんかと師走らしい日々を過ごすうちにもうあと半月ほどで今年も終わりなんですね。今月はたしかにあっという間、という気がします。

こないだできた文庫『旬を楽しむ 日めくり七十二候』、父があちこちの本屋さんで見つけては、買って帰ってくる、と昨夜母から電話で聞きました。なんというか、うれしい。。

2015.12.13日

週末

週末は、かみさんが旅に出ており、子と二人で過ごしていました。といっても、土曜日は学校の行事、日曜日はおともだちのお誕生日会にお呼ばれで、ほとんど子も出かけてましたが。

去年の今頃から突っ走ってきたせいか、今日はふうっとひと息、エンジンを止めて、休んでいました。

2015.12.9水

歌こころカレンダー

今年も師走となりまして、歌こころカレンダーができました。

こういったものです。

もうかれこれ、2007年の暮れから作っているのですが、気づけば来年版で九年目。来年のいまごろには、十年選手です。おおお。

ふつうはきっと、こうした紙モノのカレンダーは、印刷所さんにお願いして作っていただくものだと思うんです。でも・・・これは、ほとんどわが家で自作です・・・ザ・家内制手工業。

沖縄へ引っ越してくるまでは、断裁と穴あけは製本所さんにお願いしていたのですが、沖縄に来たらナント!叔母が小さな印刷所を営んでいるんです。なので、以前は外注していた断裁と穴あけまで家内制に。

まず来年の七十二候や日付や曜日を調べて、季節の言葉を書いていきます(カレンダーの原稿です)。その原稿を下に、往年の名機、PowerBook G4くんを使って、デザイン版下を作ります。そうしたら、そのデザイン版下を、Mac miniくんとエプソンプリンタさんで、じーころじーころ、一枚一枚、注文しておいたファンシーペーパーに印刷していきます。この紙がとっても良質な竹尾さんの紙なのです。毎年、沖縄の紙屋さんに手配してもらっています。で、印刷が済んだら、こよみの順番通りに並べて(丁合といいます)、叔母の印刷所へレッツゴウ! 断裁機を使って、一束ずつ、叔母に断裁してもらったら、白井が手動の穴あけ機で、レバーをぐいっとやったら、穴がくるん、と開きます。これを一本一本、せっせとぐいっぐいっ。なのでこのカレンダーの穴、全部白井が穴あけしてます(なので、あれ?ちょっとずれてるよ、とかそのへんはご勘弁を・・。あとで検品して、へんてこなのははじいてますが、自動穴あけ機ほど正確ではありません。。精進しまする。。)。そしてそして、ぶじ短冊の形になったら、最後の仕上げ。表紙に万年筆で題字を書きます。穴に、草木染めした糸を通します。色和紙で包みます。できあがりです。

深い青

ちなみに、表紙の題字には、フルハルターの森山さんにいただいた貴重なインク、モンブランの旧キングスブルーを使っています。何年も経て、当時の色と全く同じというものでもなく、熟成されたブルーです。

万年筆のブルーインクには、さまざまな色味があるのですが、フルハルターさんで試筆したとき、はっとさせられたのが、このインクの色でした。それまでに見てきたどんなブルーインクの色とも違いました。群青でもなく藍でもなく、ダークブルーの範疇なのですが、なんといったらいいのでしょう。もう、そう、これだ!この色!としか感じようがない色なんです。近いのは、ウォーターマンのミステリアスブルーの緑変する前の青ですが、そこにさらに深みを増した色味です。

この色を自分だけで楽しんでいるのはもったいないなぁ、と思いました。それで今回、歌こころカレンダーの表紙に書いてみることにしたんです。ぼくが持っているのも、インク壜一本ぶん。だからいずれ無くなってしまいます。すでにモンブランがブルーインクを、キングスブルーからロイヤルブルーに変更してから何年も経っていますから、もう手に入れようがありません。鮮やかな青も素敵ですけども、翳りを帯び、それでも青の色彩を放っている気品のある色の魅力は、他に代え難いものがあります。来年版のカレンダーを手にとったかたは、ぜひぜひ表紙の色も眺めてやってください。表紙の紙には、アラベールのスノーホワイトを使っているのですが、インクの色を素直に表現してくれている気がします。

11月

2015.11.30月

それで全部

ちょっとフライングで、日曜のうちにもう一つ日々の記を書いてしまおう。
ツイッターとフェイスブックは、やっぱりやめてよかった。一日の時間と、心のゆとりが、ふわっとできる。気づいたら、のんびりできる気持ちの余裕がふくらんだ。IT的な情報スピードの速さについていく気力がなくなった、というのがやめた理由なのだけど、本当にそれでよかった。情報過多、というのはせわしなくグルグルと走らされてエンドレスな気分になる。止まるときは止まる。歩きたいときに歩く。それがいいと思う。

メールも、せっかくいただいても、お返事を書くまでに、結構なエネルギーがかかってしまう。最近。脊髄反射的に、テンプレートみたいな返事をしたくない、みたいな気持ちになって。ちゃんと、言葉を受けとって、気持ちにしみこんで、それから言葉が出てくるのを待って、出てきたら、そして誰かに言葉を送るエネルギーも貯まったら、ヨイショとメールを書く。そんなふうな流れのなかで、相手に言葉を送りたい、という気分があったりして、なかなか、送れなくってごめんなさい。メールって、便利すぎて不便利だなあと、このあいだ思った。最近、手紙が好き。時々、書いている。ごくほんの時々。でも大事と思う。それから、誰にも会わないとか、静かに家にいるとか、そういうのはディスコミュニケーションではなくって、ただ黙って誰かのことを考えている、という時間って大事だと思う、つくづくまた、そう思うようになってきた。

そして、本。詩の本も、それ以外の本も、これがいちばん、白井から読み手に手渡したい、届けたい言葉。本にくらべたら、それ以外のなにも、あんまりうまく言えはしない。詩を手渡せれば、もうそれだけで、いい。そのなかに、十分、十二分、言葉で伝えたいことも伝えようがないことも、もうこれこのまんま、どうぞ、という言葉。

だから、日々じっと家にいて、本を書いて、そしてできあがったら、ただ本を差し出す。そういうのが、いちばん、じぶんにできること、したいこと、と思う。それができたなら、あとのことは、オマケというか、余りというか。
どの詩集でも、もし手にして、開いて、読んでもらえたら、もうそれで、何よりの何よりの全部だ。

2015.11.29日

指折りかぞえて

もう十一月も終わる。あとひと月ほどで年明けと思うと、のどかに感じられるのは、今年の忙しさの山を越えたから、かな。あとはカレンダーをせっせと作ると、年末。

さいきん、インターネットの情報スピードについていく気力が、ぽとんと尽きてしまった。もしかしたら、東京のスピードにもついていけないかもしれない。一月の旧暦展、場所が神楽坂で、あそこはほっとする町で、あそこなら大丈夫という気がする。神保町も大丈夫。

沖縄にいてさえ、あまりに人が多いところはくたびれちゃう。それってあたりまえか。

ぷすん、とガス欠してるのかもしれない。予定ががらんと空いていて、じぶんのペースで過ごせる何事もない日々に、心身が馴れきってしまっているのかもしれない。

先日、ひとつエッセイを送って、いまは一篇、詩を推敲している。

深く浅く、じぶんの内に沈んで浮いて、書くことを中心に意識がめぐっている。去年の十一月から丸一年、そんなふうに過ごしてきた。

更新

トップメニューの詩のコーナーに『生きようと生きるほうへ』を追加。「詩を読む」をクリックすると、これまでは詩がJPG画像として浮かび上がる仕組みにしてたけど、スマートフォンで見るときに文字が小さくて読みづらかったみたいだから、詩を別ページに表示。本当はこの詩集の詩は、縦組がやっぱりいいのだけども、ぱっと開いたときに、画面上で詩が読みやすいのもインターネットでは大事かなと思って。なので、よかったら、実物の詩集を手にとってくださるとうれしいです。

2015.11.26木

そうじ

仕事部屋のそうじをしました。こんなに広かったんだ、と引っ越しの時のようなことを思いました。畳の床が見えています。空気がそよそよと部屋のなかをめぐっているようです。仕事部屋からきれいな満月が見えました。

2015.11.25水

都会的な

久しぶりに映画を観ました。「恋人たち」。ネタバレは極力避けて、感想を二言で。都会的な空気を、久々に、たっぷりと浴びました。ずがあん。そして、とても、おもしろかった。

昨日の続き

物を選ぶってなんだろう、と思います。ペリカンの黒軸くんを今日も持ち出して使っていました。相変わらず、いいペンです。すうっとインクが出て、二年近くほぼ毎日使い続けているだけあって書き味がなじんで、がっしりとした造りで安心で、ペン先からペン芯、ペン軸までのすべてがまっすぐで、まっしぐらな感覚が文字を綴る手から伝わってきます。書くぞ、という気持ちから、紙の上の文字まで、すべてが一直線で、一心に結びついている感じがします。これが、いいんです。

じつは、同じ型の茶縞をこの春にスペアで買ったのですが、とってもとっても素敵な万年筆だったのですが、わざわざ自分の書き癖に合わせて、フルハルターの森山さんに調整までしていただいたのですが、お店で受け取ったその足で、友達にあげてしまいました。なぜか、そのときどうしても、自分一人で二本もの良い万年筆を独り占めするよりも、誰かが一本使って、自分も一本使って、っていうほうがいいんじゃないか、という気がしてしまって。そいつがとても、滑らかに太字に仕上げてもらった茶縞を、必要としているような気がしてしまって。いやはや……。というわけで、お洒落で限定でなにやら万年筆好き界隈でレア扱いされてるらしい茶縞は去りぬ。嗚呼。そして黒軸くんが、いまも机のかたわらにころんといます。おお。

これってなんなんだろうなぁ、と思います。手に持って、使っているときには、ほとんど軸の柄は目に入りません。使っているペンの感覚だけがあります。もちろん軸の材質などは感じているはずです。でも色や柄を、わざわざちらちら見たりはしません。書いているさなかに、黒軸のなんの変哲もなさが心にしっくりきます。柄入りの万年筆も持っていて、もちろんそれもとっても気に入っているんですが、書くことに集中すると、ぐいっとペン先からインクが滑り出て書き綴られる文字のほうへ意識が行っています。そのとき、文字から書こうとする気持ちまでの一心感がすんなりとたちのぼってくるのが、黒軸なのかもしれません。一見殺風景で、黒と金の配色から仏壇なんても言われているようですが、その黒軸くんの色使いも含めて、風や水などのようにすんなり溶け込めるようで、好きです。

2015.11.24火

物を選ぶ

今日、出先へ万年筆を二本持っていったのですが、その二本を使いながらあらためて思ったことに、なにげなく選んでいるようでやはり自分には自分なりの物の選び方があるんだな、と。というのも、ちょうど手にしていた一本が、真っ黒い軸に金の金具が使われているいわゆる万年筆だったのですが、同じ型で色違いがいくつかあったのです。でも色柄の凝ったもの(そちらのほうが人気がある)には行かず、黒軸にしました。それをゆいレールに乗りながら手にして、日射しを少し受けた明るさの下で、ああ、これはいかにも黒い軸だなあと思いながら見るともなしに見ていて、そう思ったわけです。やや大ぶりのペンなので、電車の中ですわってノートを広げて書くのに向いたものでもないのですが、もうちょっと小さなペンのほうがこういうときはいいんだよな、と思いつつも、でもやっぱりこれを持ち歩きたくなるんだよな、と他のペンを買ったらと想像してみても、いま愛用しているこれがいいな、と感じました。

ずいぶん回りくどく書きましたが、自分の持ち物を見回して、いくつか自分の使っている物を並べてみると、好みの傾向がよりはっきりしてくる気がします。多分これを持っていたほうがお洒落なんだろうな、というものを、上手く選ぶことができません。その程良さは一方ではわかるものの、すとんと胸に落ちないのです。ちょっとダサかったり、逆にちょっとやり過ぎだったりするほうが好きです。やり過ぎなデザインといっても、ある方向にやり過ぎというか、なんでもかんでもではなくって。とこういうことは具体例があったほうが伝わりやすいですね。たとえばやり過ぎアイテムと言えば、ずいぶん前のスニーカーですが、こんなの↓を履いていました。

90年代に流行ったスニーカーの一つだとは思うんですが、当時でもややキワ感がありました。そしてこうしたキワでなければ、ジャックパーセルとかスタンスミスとか、そんな白い定番のスニーカーにしていました。たしかこの↑青いのは、冬のドイツに履いていって、そのままワンゲルのメッカ、シュヴァルツバルトのひざまで雪が積もったワンゲルコースに突入して、なにせ通気性がとてもいいジョギングシューズですから、冷たい雪の感触がダイレクトに伝わってきた思い出があります。山をめぐって木々の間から街の家並が見えたときには、うれしかったなあ。コースには誰一人いませんでした。もちろん普段ワンゲルを好んでしていたわけでもありません。観光でした。駅の暖炉でジーンズのひざ下ずぶ濡れなのを暖めたのもいい思い出です。すっかり話が脱線しましたね。

何かどこか、コレ、というものが自分のなかにはあるのですが、傍から見たら普通、というものが結構好きです。前にも載せましたが、ぼくが使っているのはこんな↓ペンです。味も素っ気もありません。

なのに好いのです。それって何なんでしょう。少し野暮ったいところがあるもの、というとちょっと違う気がします。質実剛健ということでもない気がします。どこかで、物から、作り手や使い手の素が見えてきやすいもの、が好きなのかもしれません。

この黒い万年筆を使っているとき、ほとんど何の特徴もないような素朴なペンは、使う人が誰かによって表情を変える気がします。物が素だから、使い手の素がわかりやすいものです。

また、上の青いスニーカーなどは、わざわざ靴ひもを脇にどけたデザインは(人間工学的な理由もあったようですが)インパクト重視すぎです。ちょっと無理矢理な感じがします。そこに、作り手の人柄みたいなものが感じられて、好きです。上手いことまとめないで、はみだしちゃってる感じが。

さすがに最近は、程良いモノと世の中で扱われている物を選ぶこともありますが(アングルポイズの照明とか)、そしてその程良いよさにつくづく感心したり、気に入ったり、助けられたりしていますが、それでもやっぱり、はみだしちゃった物や、素の物に惹かれます。これって何なんだろう、としばらく考えたい問題です。

2015.11.20金

カレンダー、いま印刷に取り掛かっているところです。家のプリンターで、じーころじーころと刷っています。インクジェットです。それが済んだら、叔母の製本所へ出力紙を運び込み、タンタンと断裁、穴あけです。そしたら糸綴じをしてできあがり。まだ気の抜けない製作作業中です。

そういえば、四年ぐらい、かな。穿き込んできたジーンズが遂にひざがほつれ始め、穴あきジーンズになるのも時間の問題となってきました。いま穿いてるのは、シュガーケーン(砂糖黍)という名前のもので、琉球藍をちょこっと使っているとかいないとか。またこれがいいんですけども、近所で売っていた店がなくなってしまったのです。次はどうしよう、と思いつつ、決めあぐねています。十年ほど前、千駄ヶ谷に住んでいたときは、町内にジーンズ店があったのでそこのをよく穿いていました。あれもよかったなぁ。

2015.11.14土

仕事場の窓の向こうが鬱蒼とした林になっているので、鳥や蝶がよく飛んできます。鳴き声でわかるようになってきた鳥もいくらかはあり、もうすこしよく見ることができたらな、と思うのです。ご近所さんの家におじゃましたとき、なだらかな傾斜に建つそのお宅の縁側には、ぷうらんと単眼鏡がぶらさがっていて、鳥の観察にぴったりでした。遠まきにながめる、茂みのなかの鳥の姿もいいものですが、どんなようすをした鳥なんだろう? とじっくり見つめたい気持ちもあって、そういうのを一つ窓辺に置いてみようかな、など思いはじめたところです。一日のほとんどを、仕事場で過ごすので、そんな道具が最近気になっています。このあたりで見かける鳥は、イソヒヨドリやシロガシラ、それからメジロ。セキレイも。

2015.11.12木

復調

だいぶ治ってきました。ただいませっせとカレンダーづくりに勤しんでおります。12月上旬の完成をめざして。おー

2015.11.7土

かぜ

なんだか久々にかぜをひいてしまったようです。

2015.11.5木

ツイッターとFB

早11月。今年もあとふた月なんだ……と思うとしみじみします。

少し前に、スマホを解約して、ガラケーに戻したのですが、これが丁度よくて、いまの生活に合っているようです。電池は長持ちするし、ほとんど自宅で仕事をしているのでネットはパソコンでつなげられるし。携帯電話は携帯電話、コンピューターはコンピューターと区分けして道具を使えるほうが、気持ちにしっくり来るようです。

そしてこれも考えてきたことですが、ツイッターとフェイスブックをやめることにしました。理由は色々とありますが、スマホをガラケーに戻したり、お酒を飲む代わりに白湯を好むようになったり、万年筆でゆったり文字を手書きする時間が増えたり、そうしたことと関係があるような、そんな感覚的なことがいちばんの理由かもしれません。

仕事の告知の場なのか、友だちとの交流の場なのか、それが混ざりがちで、しかもだんだん、日々のつぶやきをできなくなってきて(いま書きたいな、と思うことほど、原稿で書いていることと重なってきてしまって)、告知ばかりに偏ってきているのが、自分で投稿している書き込みなのに、自分の書くツイートなどがつまらないな、と感じるようになってきてしまいました。そして、つながっている友人知人の投稿も、このところほとんど読めなくなってしまいました。只の告知のためならばともかく、友人とのつながりのほうをおざなりにしてしまって、そこまで割り切ってSNSを使うのはどうもな、と思ってもいます。

ならいっそ、告知はホームページに、友人とはネットの外で、つながれればいいんじゃないか。じぶんがいま島にいてなかなか会えないけれども、でもこれまでを振り返ってみると、人生の流れのなかでは、ぽつんと一人でいることも定期的にあるにはありました。この、ぽつん、もきっと意味のあることなのだろう、と思ってみることにします。

このホムペは変わらず、こんな調子で、たまに更新する感じだと思います。ときどき思い出したように見に来てくれたらうれしいです。もうここだと、完全にひとりごと状態ですけども、ひとりごと、でいいかな。

詩集のこと

じぶんの書いたものの中で、読んでほしいものの一番は、詩集です。今年の夏に出した『生きようと生きるほうへ』は、いまぼくが書けるかぎりを尽くして書いた言葉です。ここに何を付け加えることも、何を差し引くこともできない、これこのとおりの詩です。読んでもらえたら、何よりの幸せです。

そして詩は、ふっと、人生のあるときに、目の前にひょっこり現れるものだと信じています。

ひょっこり現れたとき、そのときそこで、読み手と出会えますように、と願うばかりです。手紙は届く、と思っているので、きっと手紙は届きます。詩集という書物となって。

10月

2015.10.27火

文庫

今月は半ばにもう一度、旅に出かけたのですが、それはしばし措き。また静かな日常が帰ってきたので、つらつらとそんなことを。

旅のあとは、年末に刊行予定の文庫のゲラとにらめっこをしていました。文春文庫さんから『旬を楽しむ 日めくり七十二候』という書き下ろしの文庫が12月上旬に出版される予定です。1日1頁で、365日ぶん+うるう年の2/29も合わせて366日ぶんの旧暦にまつわる話を書きました。

今年の春先から夏までかけて、原稿を書き上げて、夏の間に一回目のゲラ校正をして、そして今回は素敵な挿画と合わさったレイアウトデザインされたゲラを、また見返していました。それで、あっというまに、今月が過ぎ去ってました。発売まで、気づけばあと1か月ちょっとですね。書店さんで見かけたら、ぜひお手にとってやってください。

白湯 とか

あとはたあいない話なぞ。あいかわらず、家では白湯ばかり飲んでいます。飽きません。すっかり白湯です。お茶やコーヒーも飲みますけども、基本白湯ですね。水っていいなあ、とこのところつくづく感じてます。おいしい水なら、なお幸せです。水を味わえる、なんて本当に幸せなことですね。

夜は、窓から虫の声がひっきりなしに聞こえてきます。でもこの数日で、なんだか鳴き方が変わったかな、という感じがしています。以前より、澄んだ空気のなかを聞こえてくる感じがします。

今夜は満月。旧暦だと九月になるんだなぁ、と思うと、またそれも不思議なことで、月日というのは数え方次第で、九月なら九月、十月なら十月と感じられてくるものなのですね。ただ、肌合いや、目の前の情景、生き物や気象が知らせてくれる季節感を、そのまま受け止めてみれば、季節に名前などいらなくて、いま感じるままに、いま感じる季節がここにあるんだ、ということのように思えます。

といっても、抽象的すぎてナンなので、なにか具体的なことを書いて〆ます。あ、そうだ。今日、来年の歌こころカレンダーのための、ひとこと言葉、書き終えました。来月印刷して綴じ、12月上旬にはお届けできるようにいたしまうす。

2015.9.30水-10.7水

関西〜関東

先月末から今月初めにかけて、旅してきました。半分私用、半分仕事。

久しぶりの旅です。

那覇空港から、行ってきま〜す。

……と、着いたところは神戸空港。
ポートライナーで市街地へ向かう途中、海をぱちり。
湿度が違います。気温が違います。秋です。

まず奈良へ

貞久さんに会いに、生駒のご自宅へ伺ってきました。しかも二泊も泊めていただいてしまいました。詩の話、あれこれ、あれこれ。とてもとても考えさせられる時間となりました。

生駒山。手前の木々には鳥たちがさえずり、姿をちらっと見せてくれました。

奈良を散歩していると、やっぱり鹿たちが。このひとは交差点のわきの芝生に入ってしまって、なにやらふんふんしてました。

次に横浜、栃木へ

金曜の午後、貞久さんのお宅をおいとまして、ちょこっと本屋のとほんさんに立ち寄り、京都から横浜へ。関東の夜、久しぶりのこっちも秋。

今回の旅カメラ。オリンパスのペン君。撮っても撮っても切れないフィルム……。ぜぇぜぇ。でも随分フィルムの値段が上がっている昨今、ありがたくも頼もしいカメラです。ピント合わせが目測というのもいいですね。

そして土曜日。omotoさんが栃木で展覧会をなさるということで、横浜の実家からびゅうんと電車に乗って一路栃木へ。

山がテーマの企画展。展示はどれもが山、野、遊び心、に満ちていて、楽しい展覧会でした。今回はomotoさんの小物入れと小刀をば。

↑の写真は、帰りにギャラリーから駅まで康人さんが送ってくださると乗り込んだ車のアンテナに、このひとがとまっていました。トンボってかわいい。

  *

栃木から日帰りして、夜は大崎で学生時代の友人と合流。スコットランドビールの店だったのですが、外の席はぼくらだけ。お店の人にokをいただいてから、iPhoneで大瀧詠一を小音量でかけ、夕宵のビールを味わいました。

ご挨拶へ

日曜の昼、大変お世話になった詩人の佐藤正子さんのお墓参りをしてきました。佐藤さんがお好きだった街の高台。このあたりをご一緒して散策したことを思い出します。

素敵な記念館のそばを通りました。

池袋にて

週明けての月曜日、ちょこっとあいた時間ができたので、池袋のジュンク堂さんに寄ってみましたら、こんな素敵なことになっておりました。

詩集コーナーにも、一階の右手入り口から入ってすぐの文芸の棚にも、拙詩集を置いてくださっていました。じ〜ん、とありがたく、感謝です。

ただいま

月曜、火曜とあれこれの打ち合わせをしつつ、月曜の夜は詩人さんと飲みつつ、火曜日は火曜日で打ち合わせを兼ねたあたたかい鍋を囲みつつ、ほっと、うれしありがたいため息が出てしまうような、東京の夜でした。

水曜は『季節を知らせる花』でご一緒した沙羅さんの個展を拝見に六本木(なんて何年ぶりだろう……)へ。とても穏やかな、それでいて深くゆらゆらと揺られているような、沙羅さんの木版画の世界でした。

その日の夕方、羽田から那覇へ。着いたのは十時ごろ。あったかい、残暑濃い夜風を感じて帰りました。

9月

2015.9.24木 未明

地に足

誰に頼まれたわけでもない、ただ書きたいから書いているんだ、とそう思える場所にいつも立っていること。それを思い返すと心が定まる。

2015.9.22火

銀色週間

九月の連休が二つ重なって、土日も含めてシルバーウィークと言うんだそうですね。休みに入ってから知りました。

銀色週間というと、銀曜日のおとぎばなしを思い出します。昔、『りぼん』という少女マンガ誌で連載していた、かわいい小人が登場するマンガです。絵が幻想的でとても好きでした。
それはさておき、仕事してます。ふだんの平日に休むときは休むので、どっこいどっこいというかチャラですね。仕事したいときはする。休みたいときは(休めれば)休む。が精神衛生上いい気がしてます。まぁ、家族サービスしろ!と家人には怒られますけども。。

職業としての

村上春樹『職業としての小説家』を読み終えて、そうか、と納得したことがいくつかありました。大変素朴なことですが、村上春樹には凄まじい数の読者がいるんだなぁ、とあらためて。それから、読者に小説を届けるために凄まじく仕事をしているんだなぁ、ということも。どちらも当たり前のことですし、前からわかっていたことですが、著者の自伝的な性格を持つこの本全体を通して、その事実が知識としてでなく、作家の実感のこもったこととして伝わってきました。
そして、いい読者に恵まれることがいかに幸せなことか、とこの本に書かれています。数ではなく、熱心な読者が本を読んでくれているということがいかに幸福で幸運なことかと。つくづく、それこそが何よりだと思います。いい読者に恵まれることほど、書き手にとって幸せなことはありません。

いい本を世に送り出すために凄まじいエネルギーを注ぐこと。それはもちろん、詩人も同じです。一冊の詩集を世に送り出すために、凄まじいエネルギーをそれこそ何年も何年も注ぎ込みます。

ただ、ふっと思い出して、ミュージシャンの矢井田瞳さんの活動について検索してみました。すると、Wikiや公式サイトや本人のツイッターなどが出てきました。それらを見て、この本で感じたのとほとんど同じことを感じました。凄まじいエネルギーを、ミュージシャンは注いでるんだな、と。

それは、小説や音楽を作り出すのと同時に、作り上げた小説や音楽を、受け手に届けようとする努力のエネルギーです。自分の小説の英訳を、自らアメリカのエージェントや出版社に持ち込んだり、その時その時の自分にしっくり来る音楽活動を(海外での活動を含めて)何年も続けたり、そういうエネルギーです。ただ売るためではなく、自分がどうしたいかを考え、それに向かって自ら行動すること。凄いなぁと思いました。

そんな気づきをもらいました。エネルギーを注ぎ込むこと。作り上げるときにも、届けていくためにも。

2015.9.20日

身辺高飛び

よく飽きもせず、身辺の人のことばかり詩に書いてるよな、とあまりいい意味でなく言われることが多いです。「身辺雑記には飽き飽きした」(山之口貘「兄貴の手紙」より)ってやつです。詩の界隈に昔からある詩とそれへの批判です。

でもそれが好きなのは、外で立派なこと言っても結局、というあれです。

家族のことは、ごまかせません。その人の思想の根も本当の姿も丸見えです。そして言葉の飛躍にブレーキがよくかかります。助走つけたジャンプか、その場でジャンプか、ぐらい違います。助走つけたら、そりゃ飛べるけど、だったらその場で飛んだらぁ、と天邪鬼なので思います。

最近もう一つ、つくづく思うのは、ほぼ日本語は子音+母音で一音です。ほぼ必ず母音が付きます。これ、一音でもう韻だな、歌だなと感じます。それを連ねる言葉なら、全てが韻に感じられてなりません。何を書こうと、飛躍があろうとなかろうと、日本語は生来の韻が伸びやかです。限った中に限りなく。

もし模試?

もう書いてもいいかな。
拙詩「音の出どころ」が某塾の灘中模試・国語の問題に出題されました。
現代詩は難解と言われますが、ふつうに小学生のテストに出るのですね。
小6の子たちがどう感じるんだろう、と思うと興味津々です。
詩はこちらに。

2015.9.20日 未明

月に引っ越し

先週末に参院で強行採決され、戦争法案が可決されてしまいましたね。衆参で与党が過半数を握った時点でこのことは覚悟していましたが、やはりとんでもないことです。

子供のころ、八十年代までは冷戦下だったので「ソ連が攻めてきたらどうするんだよー」と言って、日本は軍隊を持って強くなるべきだ、と言う子がよくいました。むしろ、平和憲法があるんだから日本は戦争をしないんだ、と言うぼくのような子供のほうが珍しかったのかもしれません。そのころのことを最近ふっと思い出して、ああ、大人になっても変わらないんだなぁ、としみじみ感じました。

そのころソ連と言っていたのが、今回の法案審議では、中国やら中東やら、別な国の名前に取って代わっただけですよね。そして、直接の戦争相手だったアメリカに対しては、戦後すっかり味方気分です(日米地位協定ひとつとってもそうは思えませんが)。

日本から見れば、アメリカは恐い国です。中国も恐い国です。大国というのは、自国の利益を最優先してゴリ押しするものですから。そしてアメリカや中国から見れば、日本もまた恐い国か、厄介な国でしょう。

それでも、地球は一つ。世界はどんどん狭くなり、どこの国も隣国みたいなものです。日本だけ、月に引っ越すことはできません。

子供の口ゲンカみたいな戦争ありきの考え方から、どんなときも、どこの国とも平和ありきの考え方を大人として持っていたいものです。国内に問題が山積するとき、政治家が国民の目を海外に向けさせるのは、飽き飽きするほど使い古された手です。

2015.9.13日

島ぬ恋 ほか

新しい詩集を上梓したところですが、読売新聞・九州版の活版に関するインタビューで、『島ぬ恋』の話をできたことは、個人的に大切な、うれしくもありがたいことでした。

というのも、私家版というひそやかなものとして三年前に作ったこの詩集にまた光が当てられ、急逝した友人夫妻に、としたこともまた浮かび上がってくるのを感じられるからです。

この詩集については、話せることよりも、話そうとしても言葉にならないことのほうが、やはり多いのを、またあらためて思いもしました。

  *

そして『島ぬ恋』だけでなく、なぜだか最近『くさまくら』をぽつりぽつりと読んでくれてる人がいるのに気づくことがあり、うれしく感じています。一冊の詩集を世に出して、それが少なくとも、2007年の刊行から8年後のいまも読者を得ているんだと思うと。

恋愛を題材とした詩集をここ最近出していないので、またそうしたものを書けたらな、出せたらな、と思っています。詩集に未収録の恋愛詩がたまってきているので、それを一冊に編めるいい機会に恵まれることを願っています。

2015.9.10木

家事

ほんの三日間

家人が二泊三日の旅に出ている間、子と二人でやってました。初日の夕飯はクリームシチュー、二日目はパスタ(茹でただけのものと、ガーリック醤油で炒めたもの)、そして三日目はA&Wで食べちゃおう、とこれから出かけるところです。

たった三日間ですが、これがなかなか、こまめにあれこれしなくてはならず、気が抜けません。朝食の準備の都合上、朝は七時前には起きて用意します。子を学校まで送ったら、家に戻って洗濯。午後はお迎えに行き、夕飯の準備。で、夜は食器洗いなど。それぞれにかかる時間はさほどじゃないけれども、そのたびに仕事から離れなくちゃなのが、なるほど、家事しながらの仕事ってこういうことか、と実感しました。夜更かしもできないですし。

今週はスローペースで、書評のゲラを戻したり、原稿の校閲を元に手直しをしたりだったので、集中して長時間机にかじりつき、とかではありませんでした。なので、ちょうどタイミング良く、ふだんとはちょっと違った三日間のお試し版的な過ごし方ができました。

2015.9.7月

かくかくしかじか

東村アキコさんのマンガ『かくかくしかじか』を読みました。先日、テレビに出演しているのを家人が見て、買ってきてと言われるまま1巻を買って、家族で回し読みしたところ、勢いがついて全巻読了。今日読み終わりました。

マンガの道をめざす学生時代からデビューまでの過程を描いた、自叙伝です。そして絵画教室に通った恩師との交流が物語の主軸となっています。

いいマンガでした。面白かった。事実に即して、これを描いたのだ、というところが骨太で、読み応えがあります。描かずにはおけなかったということが動因となって生まれた作品だと、ひしひしと伝わってきます。なぜ描くのか。その問いが、形を変えて、自身の来し方を語るマンガになったのだと思いました。

2015.9.6日

夏休みの後

今年の前半をかけて取り組んできた仕事がもう少しで一段落しつつあり、スローペースで仕事したり、休んだりしています。

夏休みに「やるぞ!」と言っていた3目標は、ぶじ滑り込み的に達成しました。とんかつ定食を食べて、映画は『バケモノの子』を見て、九州ラーメンを食べて、ふぅ、満足です。

バケモノの子

面白かったです。自分を乗り越えること。ネタバレは避けますが、親子の関係を支えにして、自分を乗り越える物語。そこが胸に響きました。

とんかつ&ラーメン

大好きなとんかつ店が値上げをした、と聞いて、それもやぶさかではないのですが、なんとなくぷらっと入ったスーパーの中のとんかつ屋さんで千円弱のとんかつ定食ランチをいただいてきました。ふつうに揚がっているカツの、ふつうの味。いつでもとんかつ定食を食べたいときに食べられるのが幸せで、それ以上でも以下でも人間は不幸ではないか、と昔言っていたのは宮崎駿監督ですが、そんなことを思うでもなく、思わないでもなく、とんかつ定食をいただけることの幸せよ。

ラーメンは、近所に九州ラーメン屋があるので、そこへ。炎天下に、近いと言っても15分ほど歩いていくと、沖縄では日焼けしますね。汗だく。でも楽しみにしていたラーメンだったので、うれしくて、まず一杯、次いで替え玉、〆にミニラーメンをもう一杯、と2.7杯ほどいただいてきました(3杯弱。笑)。当分、節制しないと、アカンです……。


最近ぜんっぜん更新してないじゃないか、と反省。。更新しなよ、と友人に諭されてしまつた。ふぁい。もうちっと更新んしっます!

8月

2015.8.22土

夏休み

今週は、ぽおっと夏休みをいただいていました。月曜日に一本、書評を書き上げて送稿して、それでようやく一段落ついて、火曜日からずっと行けていなかった友人の古書店に行ったり、四か月ぶりに髪を切ったり、子とプールへ行ったり、新しくできた中部の巨大ショッピングモールに行ったりしました。夜は、小瓶のビールを飲んで涼みつつ、書き物をして。

 いい骨休めになりました。来週からまた始動です。

したいこと

那覇にあるとんかつ屋さんに食べに行く
豚骨ラーメン屋に行く
映画をなんか見る

いましたいことは、このあたりです。まぁ、折りを見て、ぼちぼちと。

山をこえて

先月末で落ち着くと思っていたら、今月半ばまで山がいくつか続いていて、その連峰をようやく越えられたのが今週初めでした。また来週から、いただいている校閲に目を通しながら、文章を手直ししていきます。いい本ができあがりますように、と。

やっとの思いで先週末に書き上げたもう一つの原稿は、ゆだねつつ、卵が温められ、やがて孵化することを願いつつ、自分のすべきことをいつでもできるようにアップ中です。

6月

2015.6.30火

折り返し

今日で六月が終わる。ハードな月だった。今年が折り返す。精神的にきつい時間だったな、と感じます。淡々と日々を過ごし、毎日決まった分の仕事を一定のペースで続けるには、少し負荷とのバランスがいけなかった。いい気晴らしを見つけられればよかったのだけど、それができなかった。そして後半、一つ大事な仕事が入り、そのためにペース配分を変えたのと、ちょうど慰霊の日の時期だったのと、先日の日記で書いたこととがあり。

閑話休題

明日から七月。夏だ。七夕とかもあるんだな。そういえば。子が二歳のときのことを思い出す。詩にも書いたけど、ずっと朝いやがって泣いていた保育園に、初めてすっと一人でクラスの部屋に入っていけたのが、七夕の笹に短冊をつけた日のことだった。足もとにいるはずが、すっと気配が遠ざかって、見るとじぶんから部屋に入っていた。あれは、びっくりだった。七月は空気が変わるのかもしれない。三月に沖縄へ越してきて、初めは行かないと言っていた幼稚園に行く気になったのも、そういえばこの時期だ。なんだろう。流れが変わるのかな。

変わるといいな。

詩集のこと

本文はようやくまとまって(去年の暮れに初校が届いてから、何往復しただろう……推敲に次ぐ推敲で、半年がかりになってしまった……)、そして先週、装幀の方向性があらかた見えて、来月できあがる予定で進んでいます。

できあがったら、ここでお知らせします。

2015.6.24水

訣れ

今日の午後、届いた郵便物があって、開けると、一冊の詩集が入っていました。白い表紙紙に、きれいな箔押しで表紙に花やタイトルがあって、

訣れ

と記されてありました。

つまりそれは、誰かがぼくに(読者に)(この詩集を手に取る人に)宛てた、訣れの詩集だ、ということです。この世との、人との、訣れを告げる詩集は、著者である詩人の佐藤正子さんからではなく、その娘さんから、代理、と添え書きされ、送られてきました。

同封された葉書を読んで、そこにそう書かれてありました。佐藤さんはもうこの世にはいないと、知りました。しばらくしてから、しばらく時間が経ってから、そこに座ったまま、詩集を開き、読みました。

もちろん、いい詩でした。いい詩が、一篇、一篇、綴られ、ページの上にのっていました。ですが、この詩集を読み終えるのは、ほんの九篇の詩集なのです、寄せられた方々の文章と併せても、読み終えてしまうものです、それが、いやでした。

佐藤さんに初めて会ったのは、2003年の春、いまから12年前のことです。当時、詩の雑誌に『詩学』というものがあり、その雑誌主催で開かれているワークショップへ行ってみると、講師をなさっていたのが佐藤さんでした。

それまで、じぶん以外に詩を書いている人に出会ったことはありませんでした。その最初の回に持っていったのが、「心を縫う」という詩でした。

初対面で、初めて読んだその詩を、佐藤さんが肯定的に受け止めてくれました。ぼくにとって、初めて、そしてもっとも高く、詩を評価してくれたのが、佐藤正子さんでした。

その年の夏までに書いた詩をまとめて、第一詩集の原稿とし、翌年上梓しますが、その背を押してくださったのも、佐藤さんでした。

佐藤さんは、ぼくが書いた詩の内容について、何もおっしゃいませんでした。ただ、読んで、評価をいただいて、それを励みとして、また詩を書いて、のくり返しでした。ですが、それこそが、もっとも詩へ向かう気持ちを奮い立たせる、エールでした。このホームページを開設して、一年後のこと。

第二詩集『くさまくら』の版元を紹介してくださったのも、佐藤さんでした。花神社の大久保さんに連絡していただき、ぶじ出せることとなりました。

と、このように一事を取り出して挙げるのが不自然に感じるほど、ある事、としてでなく、気持ちのエールということとして、支えをいただいてきた詩人のかたです。

訣れは、突然ではありませんでした。闘病なさっていることを、教えてくださいました。ぼくにできることは、佐藤さんのかけがえのない大切な一日一日を、大切に過ごされますように、とただ願うことだけでした。

佐藤さん、ぼくは佐藤さんに出会えて、とてもとてもとても幸運な幸せに恵まれました。出会えたこと僥倖でした。ぼくが詩の世界に飛び込んだとき、そこで佐藤さんと出会えたのは、とてもとても幸運な幸せなできごとです。

まだ頭が真っ白です。佐藤正子さんの表題詩「訣れ」から引用します。

  もう見えない事々も含め
  あらゆるものと少しずつ離れてゆく
  あちらが離れてゆく
  こちらは
  訣れてゆくのだ

  手がかかる《余命僅か》を
  破れないよう ていねいに包んでくれていた家族
  真情を届けてくれたひとたちに
  今のうちに渡さなくては

  ひとの美質を表すたくさんの形容詞
  そのどれにもあてはまらない者としては
  やはりこう言うしかない
  平凡なたった十字だけを
  重ねるしかない

   ありがとう
   さようなら

5月

2015.5.26火

あっという間の……

気がつけばまた一か月もの月日が……。もう五月も終わりですね。

結局、予備の万年筆は同じ型番の色違いにしました。これ。

それと前後して、もう一本先に頼んでいた物も届きました。これ。

写真・上の茶縞は、いまペン先を調整してもらっています。来週初めに受け取りに行ってくる予定。東京は大井町にあるフルハルターさんにお願いしています。前回の日記にも書きましたが、常用してきた物が首軸のところに亀裂が入ってしまい、お店のかたが手早く軸を交換してくださったので事無きを得ましたが、あやうく愛用の筆記具を失って路頭に迷うところでした。これまで黒軸を使ってきたので、色違いで茶色い縞模様のものを選びました。字幅は黒が中細字のM寄りのFで、茶が太字のBです。茶にはペリカンのブルーブラックインクを入れようと思っていて、これが若干インクが出にくくなるので、Bならちょうどいいんじゃないか、と思ってこれにしました。調整後にどうなっているのか、ワクワクドキドキです。

写真・下はモンブランの古い万年筆です。一本は持っていよう、と思い立ち、古い万年筆の専門店に注文したのが二月のこと。入荷したのが四月の初めで、家にやって来たのが五月初めでした。これはちょっと小ぶりで、持ってみると手にすっぽりと収まる感じです。ペン先が軟らかいので、しなっしなっとたわみながら書けていく感触です。これも字幅はBですが、ペンの先をよく見ると平べったくなっています。ほかのは丸いのですが、これは平ら。なので縦に書くときはシャアッと太く、横に線を引くときはスラリと細く書けます。でも茶に比べると、同じBでもやや細い字が書けます。中太字でM寄りのBというか。これも、試しに三週間ほど使ってみたところ、平らなペン先というのが自分の好みにはやっぱり合わないようで、研ぎ直してもらうことにしました。なので、茶を受け取りに行くときに、今度はこれをお願いしてきます。

新しくやって来た二本は、注意してその物がどういう物なのか、道具の声に耳を澄ますというか、どんな使い方をしていきたいか、どんな使い方が合っているか、感じながら使っていこうと思っています。モンブランのほうは、このまま使うかペン先を研ぎ直すか、考えていましたが、調整をお願いすることにしたのは、どうやら一度、すでに前の持ち主が調整して研いでいることもありました(フルハルターさんで見てもらったら、これは以前に研いでいますね、と)。自分と違う書き癖が付いているようなので、これを更地にする意味も含めて。それと、フルハルターさんに研いでもらいたい、ということがあります。元々モンブランで長く調整をされていた森山さんという調整の専門家のお店なので、森山さんにお願いするのが、もっとも自分の使いやすいモンブランのペン先の形にしてもらえるんじゃないか、とそんなふうに思っています。もちろん、初めは合わないけど、使っていくうちに段々と自分の書き癖に合って書きやすくなってくる、それが万年筆のよさだと思うのです。なのにどうして調整に出すのかといえば、最初からもっと書きやすくしたいから、というよりは、森山さんが研ぐペン先というものが好き、ということなんだと思います。

もっとも愛用している黒軸は、神保町の金ペン堂さんで買ったものです。これは最初の三か月くらいは、なかなか一筆目にインクが出にくかったんですが(ぼくの筆圧が低いため)、たくさん書いているうちに、いまでは紙にふれたとたんに、すう、とインクが気持ちよく線を引いてくれるようになりました。そんなふうに、ゆっくりと書き馴染んでいくのも好きです。それに金ペン堂さんは、店に並んでいるペンはすべて何時間もかけて微調整をして書きやすいようにしてあるのだそうです。それは使っていると、よくわかります。素性がいいというか、書いていて違和感がまるでないのです。なので、ぼくの書き癖に合わせて研ぐ、ということではないけれども、やっぱりとても気持ちよく書ける道具です。また必要が出てきたら、金ペン堂さんでまた一本ほしいな、と思う由縁です。

今回のペリカンの茶もモンブランも、探さないと見つからないような、ややマニアック気味な物でした。とくにそういうのが欲しかったわけではないのですが、これこれこういう物が欲しいのだけれど、どこで売っているか、と聞いて回ったところ、行き着いたような案配です。まぁ、あれこれありますが、そんなとこです。


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4月

2015.4.19日

顛末……

先日、万年筆のことを書いたら、ツイッター経由でユーゴちんが「買うんだ!買うんだ!ジョー!じゃなくて白井!」とエールを送ってくれたり、ここのホムペをちょうど見てくれてたEさんにも、沖縄に遊びに来てたKさんにも、同じ物をもう一本買っておいたほうがよいのでは、とアドバイスや応援を頂戴し、その節はどうもありがとうございましたm(_ _)m

というわけで、さんざん悩んだ挙句、万一にそなえてもう一本用意しておく、という方向をまず進めています。

え? 進めるって何? という話ですが、島にある文房具店には置いてないものなので(というか、数年前に初回本数限りで発売された物を今回買おうと思っていて全国的にもなかなか見かけなくなってきているので)、そして現物を見ないで買うのはいやなので、以前に物は拝見していた某関西の某お店に連絡して在庫を確認したら、まだあります、ということだったので、それを送ってもらえないかとお願いをして、昨日発送していただいていると思うので早ければ明日こちらに届く、といった次第です。

なぜそこまで、と自分でも思いますけれど、万年筆というのは、植物みたいなもので、手に入れて使っていくうちに、自分の書き癖にぴったりと合っていく、という育ち方をするので、おいそれと取っ替え引っ替え使えないのです。何か月も何年も、一本の万年筆を集中的に使って、それでようやく、書き心地が他にない物へと変わっていく、その経過を辿るものですから、ひょいっと目に留まった物を買って、その日からふふふ〜ん♪と使って、また次のを買って使って、というようなわけにはいきません。

だからこそ、このあいだ小さなヒビが入ってしまった愛用のペンというものにしても、この一本が失われてしまうと大変イタイ……代わりがない……ということにもなります。

で、同じものをもう一本買って予備にしよう、と今回思い立ったわけですけれど、これをいま使っているものと同じくらいの書き心地にしようと思ったら、また一から育てるわけですから、時間をかけて、書き馴らしていくことになります。この過程自体が楽しみですし、ある日ふと気がつくと、あれ? こんなに書きやすかったっけ? とペン先が変わってくれているわけですが、そうであるにしても、やはり、歳月を必要とすることに変わりはないわけです。

そんなふうに長い間、苦楽をともにする道具ですから、お気に入りの色・柄であってほしい、とも思います。買うときに、心底、これで行くんだ、と確信に満ちた道具との邂逅でなければ、何か月何年と一緒にやっていくうちに、途中で心が離れてしまうこともないとは限らないですから。そのためには、同じ万年筆でも、色や柄がいくつかあるうちから、自分にとって、これなら、と思えるものに手をのばすことになります。

ほんとうは、いまのと全く同じものを、という思いもあるのですが、そうすると中に入っているインクが、どっちがどっちかわからなくなったとき、インク補充の際に間違えて、異なったインクを混ぜてしまうことになりかねません。それは不調や故障の原因に直結することなので、是が非でも避けたいところです。

この色がいいな、と思えるものは、あいにくずいぶん前に廃番になってしまい、数年前にひさしぶりに作られて出回ったのでしたが、ぼくが万年筆を使いだしたのはそれよりちょっと後でしたから、どこでも売っているというものではなくなってしまいました。

「もうないんだろうな」と思っていたところ、去年の夏にふと見かけたことがあったので、そのときは買えませんでしたが、あらためて今回店にきいてみたら、まだあったので、だったらぜひ、というわけです。

道具というのは、なかなかどうして、求めていくほどに得難いものです。

2015.4.13月

いったいいつからここのホームページは隔月更新になったのか!?

前回の更新から早二か月余り。その間にいったい何が……。

あのあと、二月上旬に上京して、eaの辻ちゃんの送別会&独立お祝い会に。それから三月までは島にこもって、日ハムvsヤクルトのオープン戦を観に行ったり、右肩を痛めて全然上がらなくなったり(一昨年の暮れは腰、去年の春は左肩……むりがたたってガタきてます……)、上京中にいただいた詩集のゲラの二校を戻したり、確定申告したり、本よんだり、白湯のんだり、そんなこんなな二か月が過ぎました。

四月初めの一週間は、上京。仕事道具を探したり、『七十二候の見つけかた』の打ち上げしたり、詩集のゲラの三校を受け取ったり、ご用事をあれこれしたり、jokogumoさんで旧暦のおはなし会をしたり、怒濤のような七日間でした……。

ところで、今回神保町に行ったとき、金ペン堂さんに立ち寄ったところ。はっ!ガーン……。店の若旦那が「診てみましょうか」と愛用のペンの健康診断をしてくれたわけですが、結果はクロ! ペン先と胴体のつなぎめのあたりに、うっすらとインク漏れしているのが見つかりました。「メーカー修理で、一か月半かかります」と聞いてなおのことショオオック!! これ、去年の一月にこちらで購入したものなのですが、毎日毎日使っていて、どんどん書き癖になじんでくれて、出かけるときにも旅にも持ち歩くほど、かたときも手放せないものになっていました。もしやそれが原因か。でもペンはそういうふうに使ってなんぼのものだから。

むしろ考えさせられたのは、こんなふうに一時的にせよ、手元からなくなる可能性があるということ。これがなくては仕事にならない、と動揺してしまうほどの出来事は、なるべくなら前もって、そうならないようにしておいたほうがいいのかもしれない。手持ちの万年筆は、この細中字が一本、太字が一本、あとは極細とイタリックとオブリーク。常用しているのは、細中字と太字です。そのうちの一本ということは、50%の損失です。これはでかい。なるほど、たしかにショックの大きさがわかります。

なので今考えているのが、万一にそなえて(というかすでに起こったけど)細〜中字をもう一本用意しておく。そして持ち歩き用、とくに旅には旅用のを持って行き、この大事な二本は自宅待機させる。という二方向です。でも一昨日から、そう思って試しに常用を使わずに、代わりにオブリークを使って過ごしてみたのですが、これが精神衛生上いけません。あれがないとダメだ……な禁断症状を増幅させるだけでした。ということは、常用の控えとする細〜中字にしても、旅用にしても、禁断症状を抑えるものでなければ意味がない。さてどうしよう。


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2月

2015.2.1日

驚きの二月

新年のごあいさつを、と思いつつ、気がつけばもう、まさかの二月。が〜ん。

早いものですね。
でも今年の一月は、むしろ長い長い一か月でした。正月のことが、遠い過去のように感じられます。
大晦日に一日休んだだけで、あとは元日から仕事してました。とはいえ夕方からは親戚の家に行ったり、三が日は仕事しつつ、家族で過ごしつつ、ゆるゆるとしてました。で、週明け間に合うようにゲラ戻したり、中旬の東京での展覧会のために飛んだり、会期とゲラ第二弾がばっちり重なってロクに眠れずゲラチェック&展覧会だったり、もう一本大切な(でもこれは短い)ゲラが届いたり、それも戻したり、沖縄に帰ってきたと思ったらもうふらっふらで一週間過ごし、それが先週のことで土曜日に行ったロックフェスが最高で元気になって、時差ボケっぽい感じが治ったり、今週は前半ゆるゆると、後半よし!と二月初旬に送る原稿を書いては推敲したり、そんなこんなな一か月でした。

もう二月ですね。梅、見たいなぁ。


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