きみのひとしずく







  台所に残っている
  グラスや皿が
  乾いていて
  フキンで拭かないで
  しまっていく

  そのうちの
  グラスいっこ
  取っておいて
  また
  冷ぞう庫から
  ビールをひと缶
  ひっぱり出して
  部屋で飲む

  クーラーの音が
  静かに鳴っていて
  その風は
  ティッシュ箱のティッシュを
  揺らす

  文机のうえの
  目覚まし時計
  脇に置いてある
  あずき色の丸いゴミ箱
  畳に積まれた本や雑誌や
  きれいに畳まれた洗たく物や

  それらに囲まれて
  ビールをひと口すると
  自分で冷やしておいた
  覚えがない
  よく冷えている
  うすい味のビール

  何か書こうと
  向かったところで鳴った
  電話機を台所へ取りに行って
  出ると
  きみがかけていた

  遅くなりそう
  じゃあ迎えに行くよ
  は? いいよ近いし
  ううん行くよ

  と答えてピと切れて
  間が戻る

  天井から落ちてきているのか
  部屋はもう
  きみだらけで
  当分凍えなくて
  済みそうで
  よく冷えたビールは
  よく冷えてて
  飲まないきみの
  ひとしずく手の匂いがする
  匂いがする

  きみが大事に
  とっておいたような
  冷ぞう庫のなかの
  ケーキを食べた