詩は愛を読む人の心に注げ
白井明大


この世の中の現状は、複雑なのでしょうか。

さまざまな問題が噴出している世の中ですが、
ぼくは、あまり複雑だと感じてはいません。
むしろ、シンプルに、「たしかにこれが大事」と呼べるものを置いてみると、
すっといろいろなものごとが、受け止められていくように思います。

その大事なものは、愛です。

(おまえが言うな!)とか聞こえてきそうですが、ちょっと待て。たのむ。待って。

愛の所在を、出所を、源を、泉を、たしかに、ささやかかも知れないけれど、
ここにあると言えるという、それをひとつでもふたつでも確保していくことが
いま、大事なことだと白井は思っています。

たしかにぼくはロクでもない人間ですが、
「愛」だあ?とつっこみが入りそうですが、
そんなロクでもない人間を含めて、そんなロクでもない人間も込みで
愛というものが、この世のさまざまなところに、生じてくる
ということを大事にする時期なのではないか(いっつも大事だけど)と思っています。

今回の詩集、『歌』という詩集を生み出す過程で
なんだかんだ言いつつ、意を注いだのは、そこです。

『心を縫う』もそうでした。『くさまくら』はちょっと違います。
生きる根っこを張ろう、というタフなことを『くさまくら』では考えていた気がします。
ウロボロス、じゃなかった、ウロオボエで恐縮ですけども。。
(あ、ジャンプネタですね。近年稀に見る、ストーリー全う型でした。ビバ、サイレン!)

       ☆

肯定的ななにかを、
人は、たまたま、誰かから受け取ることがある。

そんなふうにして、この世で人は生きているんだと、
だからこんな厳しい世の中で、それでも人は生きていけるんだと、
それを伝えたい、ことばで言うのではなく、物語で感じさせるのではなく、
歌の韻律のなかで、なんてことない詩のことばのニュアンスで、
それを伝えられたら、ということを、願いました。

いまの時代は、複雑なのではなく、
逆風がすごいのです。

人が生きるための、逆風がつよい。
ほとんど、若い人ほど、かわいそうなほど割を食っている、と思います。

その若い人には、ぼく自身も入っています。
40歳のぼくでさえ、この逆風を生きるのは、ハードでしゃれにならないきつさで
「ちょっとあの岩かげでひと息いれようか」ということが、
いまほとんどできません。

20代、30代の人にとってどのような状況か、想像にかたくないし、
その下の世代が、どうやらまた異なった、図太いメンタリティで
世の中に出ようとしているのかな、という気配を感じることがあるのも含めて
若い人たちの、状況に直面しているさまというのは、
バブル&ITバブル以前とは比較にならない、と思うのです。

逆風はいちがいに悪いことではない、とも思います。念のため。

       ☆

ただ、逆風を生きるには、シンプルに、ごくごく単純に言って、

おまえを愛している。全力でお前が生きることを支える。

という存在があった方がいいです。

そして、これは確認しておきたいことですが、

愛はタダなんです。

誰でも、どんなどん底のときでも、どんな貧乏のときでも、不遇のときでも、
孤独の淵にいても、絶望していても、

幸福感は無理、希望も無理、でも、愛を心に宿すことは可能です。

東京の下町の団地に育ったとき、辺り一面、みな貧乏でした。
貧乏が服着て、くっちゃべったり、がつがつ食べたりしてました。
オール貧乏。

それでも、あったかかったです。

近所のおっちゃんおばちゃんは、やたらと頭なでぐしゃしてきたし、
ちょこっとわるさしようもんなら「こら!」と来ました。

顔見知りじゃなくても、どこんちの子でも、
だいたいみんなクソガキですから、おいこらよしよし、だったわけです。

それは、時代が昭和という上向きの時期だったからじゃない。
たぶん、人が、みんな人臭かったからだと思う。

どん底も貧乏も不遇も孤独も絶望も、そういう一切合財をひっくるめても、
それでもなお、
人情の湧いてくる余地がある。

これは70年代の町工場街にかぎらなくって、2010年の都市だろうが、余地はある。

(それと、多分、治安的にはいまの方がだんぜんいいはずです。
不穏な空気とか、そういうのもあったと思うから。昔はよかった、とは限らない)

       ☆

もいちど言うけど、

愛はタダ。

       ☆

そうなんだけれども、いまいったん、厳しい状況に置かれると、
ふいに周りが見えなくなって、どこからも、だれからも遠い場所に
独りで立たされる、崖っぷちに立たされる、そんなところに追い込まれやすいのです。

ここが、昔とは決定的に違うのではないかと思います。
特に若い人がそうした厳しさに追い込まれた時、フォローがない。

独りで崖っぷち状況というのは、言い換えれば、援護なし、支援なし、フォローなしです。

これがないのは、人が冷たくなったからではないと思います。
むしろ構造的に、

人が、人情や愛情を発揮しにくくなっている世の中

になっているからだと思います。

それを一言で言ってしまえば、人が尊厳を失ったのです。

どん底だろうが貧乏だろうが、本来、人は尊厳だけは失わない。自分から手放さなければ。

でもそれを、やすやすと手放すようにさせられているのだろうな、と思います。
もし、尊厳だけは、手放さなかったら、
騙されないでしょう。いろんなことに。

尊厳を失わないこと。
それは、どんな時でも、愛だけは持ってることと、
さほど変わりません。じぶんがじぶんのいのちを生きていくために。

尊厳を持つのも、愛を抱くのも、
誰の力も借りなくていい。じぶんがこうと心にしたらいい。

それだけのこと、このシンプルなことを、しやすいように世の中をすることです。

心に決めればいいだけだから、お前にだってできるはずだ、じゃ、がんばれよ!ではできません。
それでできるなら、こんなひどいことになっていないはずです。

人が尊厳を持てるように、愛を抱いてやっていけるように、
そのために何が必要だろうか、と考えるのが、いま大至急おとながやらねばならないことです。

いまの世の中は複雑なんじゃない。

愛が足りない。

じゃあ、愛が足りればいいじゃない。
そのためにどうすんの?

詩は、そういうときのためにあるんだよ。

詩は、愛を読む人の心に注げ。

そして、あなたは、
いいなと感じる詩を読もう。


2010/12/25土




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